2016年10月13日木曜日

赤旗駆除作戦

行橋「ゆくはし」市市議会議員小坪慎也さんのブログです。


https://samurai20.jp/2016/10/akahata-31/

引用

共産党がひた隠しにしたい実態。
政党助成金をもらってないのは事実だが、「代わりに」何をしているか、である。
議員に比較し立場の弱い公務員に対し、押し売りまがいの勧誘行為を継続している。
赤旗には日刊紙と日曜版がある。
日刊紙は赤字まみれのようで、単体での黒字化は不可能だろう。
かと言って重要な位置づけ(後述)の日刊紙を廃刊にすることは、党の方針としても難しい。
これを「日曜版の収益」で維持しているのが実態とされる。
その赤旗だが、地方公務員が買い支えている、もとい「買い支えさせている」のが実態であるならば、(給与として支払われた後とは言え)原資は税金である。
「政党助成金をもらってない」という美名の元、実際はどのようなことをしているのか。
さて、共産党が隠したい実態について、私の過去の活動を軸に、報道資料で振り返ってみたい。
まるで一つながりの読み物かのように、ストーリーは進んでいく。
いま振り返る、赤旗撲滅作戦。

引用以上


    赤旗日刊版の20万部と言う数字ですが読売のサイトhttp://adv.yomiuri.co.jp/yomiuri/download/PDF/circulation/national02.pdf
と新聞広告comさんのブログ
http://s.ameblo.jp/sinbunkoukoku/entry-10298437217.html
で見ると下手な地方新聞よりも多いのですね。
    さらに日曜版の100万部となると北海道新聞と中日新聞の次に多い!ベスト10に入っています。もっとも押し紙が有りますから、正確な数字は分からないですがね。
    さて、赤旗には押し紙は無いのでしょうか?左翼系の出版社などが広告を出している印象が有るのですがね。

2016年10月9日日曜日

日本とソ連の休戦日の違い

remmikkiさんのブログです



引用

駐蒙軍司令官として:

1944年11月、駐蒙軍司令官に就任。翌1945年8月のソ連軍の満州侵攻は、8月15日の日本降伏後も止まらず、同地域の日本人住民4万人の命が危機に晒されていた。

ソ連軍への抗戦は罪に問われる可能性もあったが、生長の家を信仰していた根本は『生命の実相』よりそのような形式にとらわれる必要はないと考え、罪を問われた際は一切の責任を負って自分が腹を切れば済む事だと覚悟を決め、根本は「理由の如何を問わず、陣地に侵入するソ軍は断乎之を撃滅すべし。これに対する責任は一切司令官が負う」と、日本軍守備隊に対して命令を下した。

途中幾度と停戦交渉を試みるが攻撃を止まないソ連軍に対し、何度も突撃攻撃を繰り返しソ連軍の攻撃を食い止めながらすさまじい白兵戦を繰り広げた。更に八路軍(人民解放軍の前身)からの攻撃にも必死に耐え、居留民4万人を乗せた列車と線路を守り抜いた。また、根本は中国国民党軍の傅作義と連絡をとっていた。

8月19日から始まったソ連軍との戦闘はおよそ三日三晩続いたものの、日本軍の必死の反撃にソ連軍が戦意を喪失した為、日本軍は8月21日以降撤退を開始、最後の隊が27日に万里の長城へ帰着した。

出迎えた駐蒙軍参謀長松永留雄少将は「落涙止まらず、慰謝の念をも述ぶるに能わず」と記している。一方、20日に内蒙古を脱出した4万人の日本人は、三日三晩掛けて天津へ脱出した。その後も引揚船に乗るまで日本軍や政府関係者は彼らの食料や衣服の提供に尽力した。

引揚の際、駐蒙軍の野戦鉄道司令部は、引き揚げ列車への食料供給に苦心していたとされる。8月17日頃から、軍の倉庫にあった米や乾パンを先に、沿線の各駅にトラックで大量に輸送していた。

また、満州では関東軍が8月10日、居留民の緊急輸送を計画したが、居留民会が短時間での出発は大混乱を招く為に不可能と反対し、11日になってもほとんど誰も新京駅に現れず、結局、軍人家族のみを第一列車に乗せざるを得なかった。

これが居留民の悲劇を呼んだと言われる。尚、前任の下村定陸軍大将が最後の陸軍大臣になった事を受けて8月19日、北支那方面軍司令官を兼任する。

1946年8月、根本は最高責任者として、在留日本人の内地帰還と北支那方面の35万将兵の復員を終わらせ、最後の船で帰国した。


上官の命令に従わず、武装解除命令を拒否、 なだれ込んでくるソ連を相手に、徹底抗戦を展開する。根本は、その責任を一身に引き受ける覚悟を、決めていた。

根本の果断のおかげで、大多数の日本人が無事に祖国への帰還を、果たすことができた。その陰にはまた、戦後の天皇制維持を容認し、日本人の帰還を助けた蒋介石の理解と、尽力があった。



引用以上


   remmikkiさんは、引用していていますが、私と(皇室関係では)主張が全く違います。しかし、このブログ(旧日本軍)は私の考えと殆んど同じです。彼女(彼?)とは共闘することが出来ると思うから、今後も見ていきたいわ?ウフフ?

    ソ連について
    かなり砕けた言い方をすると、今のロシアが、共産党支配下にあった時の国の名前です。櫛の歯が欠けるように、ボロボロと参加国が独立して行った時は………ワロタwwwwww!!!



日本とソ連の休戦日の違い

remmikkiさんのブログです



引用

駐蒙軍司令官として:
1944年11月、駐蒙軍司令官に就任。翌1945年8月のソ連軍の満州侵攻は、8月15日の日本降伏後も止まらず、同地域の日本人住民4万人の命が危機に晒されていた。

ソ連軍への抗戦は罪に問われる可能性もあったが、生長の家を信仰していた根本は『生命の実相』よりそのような形式にとらわれる必要はないと考え、罪を問われた際は一切の責任を負って自分が腹を切れば済む事だと覚悟を決め、根本は「理由の如何を問わず、陣地に侵入するソ軍は断乎之を撃滅すべし。これに対する責任は一切司令官が負う」と、日本軍守備隊に対して命令を下した。

途中幾度と停戦交渉を試みるが攻撃を止まないソ連軍に対し、何度も突撃攻撃を繰り返しソ連軍の攻撃を食い止めながらすさまじい白兵戦を繰り広げた。更に八路軍(人民解放軍の前身)からの攻撃にも必死に耐え、居留民4万人を乗せた列車と線路を守り抜いた。また、根本は中国国民党軍の傅作義と連絡をとっていた。
8月19日から始まったソ連軍との戦闘はおよそ三日三晩続いたものの、日本軍の必死の反撃にソ連軍が戦意を喪失した為、日本軍は8月21日以降撤退を開始、最後の隊が27日に万里の長城へ帰着した。

出迎えた駐蒙軍参謀長松永留雄少将は「落涙止まらず、慰謝の念をも述ぶるに能わず」と記している。一方、20日に内蒙古を脱出した4万人の日本人は、三日三晩掛けて天津へ脱出した。その後も引揚船に乗るまで日本軍や政府関係者は彼らの食料や衣服の提供に尽力した。
引揚の際、駐蒙軍の野戦鉄道司令部は、引き揚げ列車への食料供給に苦心していたとされる。8月17日頃から、軍の倉庫にあった米や乾パンを先に、沿線の各駅にトラックで大量に輸送していた。

また、満州では関東軍が8月10日、居留民の緊急輸送を計画したが、居留民会が短時間での出発は大混乱を招く為に不可能と反対し、11日になってもほとんど誰も新京駅に現れず、結局、軍人家族のみを第一列車に乗せざるを得なかった。

これが居留民の悲劇を呼んだと言われる。尚、前任の下村定陸軍大将が最後の陸軍大臣になった事を受けて8月19日、北支那方面軍司令官を兼任する。
1946年8月、根本は最高責任者として、在留日本人の内地帰還と北支那方面の35万将兵の復員を終わらせ、最後の船で帰国した。

上官の命令に従わず、武装解除命令を拒否、 なだれ込んでくるソ連を相手に、徹底抗戦を展開する。根本は、その責任を一身に引き受ける覚悟を、決めていた。

根本の果断のおかげで、大多数の日本人が無事に祖国への帰還を、果たすことができた。その陰にはまた、戦後の天皇制維持を容認し、日本人の帰還を助けた蒋介石の理解と、尽力があった。


引用以上


   remmikkiさんは、引用していていますが、私と(皇室関係では)主張が全く違います。しかし、このブログ(旧日本軍)は私の考えと殆んど同じです。彼女(彼?)とは共闘することが出来ると思うから、今後も見ていきたいわ?ウフフ?

    ソ連について
    かなり砕けた言い方をすると、今のロシアが、共産党支配下にあった時の国の名前です。櫛の歯が欠けるように、ボロボロと参加国が独立して行った時は………ワロタwwwwww!!!



2016年10月8日土曜日

余命 愛知 滋賀

余命三年時事日記さんのブログです

http://yh649490005.xsrv.jp/public_html/2016/10/08/1169-%e6%84%9b%e7%9f%a5%e7%9c%8c%e5%bc%81%e8%ad%b7%e5%a3%ab%e4%bc%9a%e5%a3%b0%e6%98%8e/ 

引用

.....今、3800通の処理にかかっている。上記投稿については、自治体によって状況が違うので、間違いがないように余命がお願いしているものである。
 「愛知県弁護士会会長川上明彦のあからさまな反対」は、「韓国および北朝鮮両国と日本との国家関係においては、現状すでに有事状態、外患罪適用状況下にある」と余命は判断しているので外患誘致罪で告発することとなる。
 知事については、補助金支給の事実が確認されれば投稿いただきたい。告発準備にかかる。都合が悪くなると被害者面する手法はもう通らない。
 外患罪は国家の対外存立法である。法を職としているものが、法を無視して日本をおとしめる行為は許されない。また日弁連と同様、各自治体の教育委員会も汚染されているようだ。これも事実が確認され次第告発作業に入る。
 いずれも地検への告発を予定している。地検は事実関係の有無では争えないから不起訴は難しいだろう。さすがに竹島が韓国の占領下にあり、北朝鮮が拉致問題を放置して核ミサイル実験を継続している脅威下を地検は「両国は日本と友好状態にある」とはいえないだろうし、そもそも地検にとって有事判断は荷が重い。上級検察庁でも対応に苦慮するだろう。結果としてレベルが上がれば安倍総理のカードとなる。乞うご期待である。
 ちなみに、愛知県は委任状の数では東京、神奈川に次いで突出した3位である。滋賀と合わせれば東京と並ぶほど多い。在日の税金問題を始め汚染がひどいのだろう。早めに大掃除をして新年を迎えたいものだ。 とりあえず出先から。 

引用以上

    愛知県名古屋市滋賀県と朝鮮学校への補助金問題について、投稿が有りました。私が住んでいる福岡県でも同様に補助金問題が有ります。

余命 愛知 滋賀

余命三年時事日記さんのブログです


引用

.....今、3800通の処理にかかっている。上記投稿については、自治体によって状況が違うので、間違いがないように余命がお願いしているものである。
 「愛知県弁護士会会長川上明彦のあからさまな反対」は、「韓国および北朝鮮両国と日本との国家関係においては、現状すでに有事状態、外患罪適用状況下にある」と余命は判断しているので外患誘致罪で告発することとなる。
 知事については、補助金支給の事実が確認されれば投稿いただきたい。告発準備にかかる。都合が悪くなると被害者面する手法はもう通らない。
 外患罪は国家の対外存立法である。法を職としているものが、法を無視して日本をおとしめる行為は許されない。また日弁連と同様、各自治体の教育委員会も汚染されているようだ。これも事実が確認され次第告発作業に入る。
 いずれも地検への告発を予定している。地検は事実関係の有無では争えないから不起訴は難しいだろう。さすがに竹島が韓国の占領下にあり、北朝鮮が拉致問題を放置して核ミサイル実験を継続している脅威下を地検は「両国は日本と友好状態にある」とはいえないだろうし、そもそも地検にとって有事判断は荷が重い。上級検察庁でも対応に苦慮するだろう。結果としてレベルが上がれば安倍総理のカードとなる。乞うご期待である。
 ちなみに、愛知県は委任状の数では東京、神奈川に次いで突出した3位である。滋賀と合わせれば東京と並ぶほど多い。在日の税金問題を始め汚染がひどいのだろう。早めに大掃除をして新年を迎えたいものだ。 とりあえず出先から。
 

引用以上

    愛知県名古屋市滋賀県と朝鮮学校への補助金問題について、投稿が有りました。私が住んでいる福岡県でも同様に補助金問題が有ります。

余命外患罪祭り

余命三年時事日記さんのブログです


引用


 和をもって貴しとなすのはいいが、和は妥協と遅滞を伴う。痛し痒しである。
今あらためて思うことは、余命には二つの役割があるということである。一つは「日本再生」の戦略の立案と牽引役であり、もう一つは正しい情報の発信と拡散である。
 戦術だけではなく繁忙という事情もあったのだが、戦線統一にブログの発信間隔を開けたのは上策ではなかった。在日や反日勢力との戦いとは別に、情報発信は欠かしてはならなかったと反省している。メディアはもちろん、最近ではネットも押さえ込まれているからだ。これでは正確な情報は国民に伝わらない。

 たった2日間で一気に事態が動き出した。
まあ、余命は人間的には実に穏やかな性格で争いは好まないが(自分で思っているだけかも)火をつけた以上は消さなければならないし、何よりも外患罪祭りを楽しく盛り上げる責任がある。


引用以上

   しばらく、更新がなかった余命ブログですがまた動き出しました。これからは、ブログの発信間隔が開きすぎる事は無いでしょう。

余命外患罪祭り

余命三年時事日記さんのブログです


引用


 和をもって貴しとなすのはいいが、和は妥協と遅滞を伴う。痛し痒しである。
今あらためて思うことは、余命には二つの役割があるということである。一つは「日本再生」の戦略の立案と牽引役であり、もう一つは正しい情報の発信と拡散である。
 戦術だけではなく繁忙という事情もあったのだが、戦線統一にブログの発信間隔を開けたのは上策ではなかった。在日や反日勢力との戦いとは別に、情報発信は欠かしてはならなかったと反省している。メディアはもちろん、最近ではネットも押さえ込まれているからだ。これでは正確な情報は国民に伝わらない。
 たった2日間で一気に事態が動き出した。
まあ、余命は人間的には実に穏やかな性格で争いは好まないが(自分で思っているだけかも)火をつけた以上は消さなければならないし、何よりも外患罪祭りを楽しく盛り上げる責任がある。

引用以上

   しばらく、更新がなかった余命ブログですがまた動き出しました。これからは、ブログの発信間隔が開きすぎる事は無いでしょう。