引用
そよ風は、科学的根拠のない数字で日本人を貶める碑が
都立横網町公園に建っている事を問題にしてきましたが、その同じ
公園内には、日本の被災を知った台湾(当時の中華民国)から
並々ならぬ支援があった事を示す鐘があります。
中華民国では、犠牲者の供養のため、仏教普済日済会を組織して
杭州や上海などで法要を行ったあと、梵鐘を鋳造し、日本に寄贈
しました。
幽冥鐘は横網町公園正門から慰霊堂に向かって左の小高い場所に
ある鐘楼内に安置されています。
当時中華民国内で「大清皇帝」となっていた愛新覚羅溥儀は、
地震の発生を聞くと深い悲しみに打ち沈みました。
そして、日本政府に対する義捐金と併せて紫禁城内にある膨大な
宝石などを送りました。
それを日本側で換金し義捐金として使うように日本の芳沢謙吉
公使に伝えましたが、日本政府は、換金せずに評価額
(20万ドル相当)と同じ金額を皇室から拠出し、宝石などは皇室
財産として保管することを申し出ました。
1923年11月に日本政府は代表団を溥儀の下に送り、感謝の意
を評しました。溥儀は後に日本の協力の下で満州国皇帝と
なりましたが、この時点において溥儀は「何の政治的な動機を
持たず、純粋に同情の気持ちを持って行った」と溥儀の帝師の
レジナルド・ジョンストンは自著の中で回想しています。
台湾が東北大震災の時に200億円もの義捐金を送ってくれた
ことは私達の記憶に新しい事です。金額で気持ちを推しはかる
卑しい事はしたくないのですが台湾の日本に対する真摯な
気持ちを忘れてはならないと思いませんか。
阿鼻叫喚の灼熱地獄の関東の惨状が世界中に知れ渡ると、
各国から支援の手が差し伸べられました。当ブログでアメリカから
の圧倒的支援について述べましたが、そのアメリカからは、
「なお希望品を遠慮なく申出られたし」との通知もあったのです。
次いで、イギリス、その次が、中華民国。
他にもインド、オーストリア、カナダ、ドイツ、フランス、ベルギー、
ペルー、メキシコなどから支援が届きました。
一般庶民感覚から言わせて頂くと、台湾という国は、今も昔も、
心からお付き合いしたい国だと思わざるを得ません。
引用以上
東日本大震災の時もそうでしたが、台湾やアメリカは多大な支援をしてくれました。付き合いたい国とそうでない国を明確にしなければならないと思います。
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